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《自著を語る》
秤と錘の考古学
同成社、2022年11月24日刊行
考古学研究会会員 葉山茂英

秤と錘の考古学 2022年11月、同成社から『秤と錘の考古学』と題する本を出版した。本書は、学位論文『考古学からみた秤の研究―原始から中世までの秤の錘を通して―』を基に、加筆修正したものである。学位論文という性格上、すでに考古学専門誌などに発表した論考を中心にまとめたものであり、単著としては全体的構成の統一性に幅がある。自著をしかも初めての著作をこのような専門紙に紹介することは憚れるが、考古学の秤の研究に計量学や計量史の成果を取り入れるという試みを、計量関係者に知ってもらうべく、本紙に掲載せていただくこととした。

 もちろん考古学は、その学問的性格上、これまでも他の多くの学問分野と横断的、学際的に研究がなされてきた。秤の考古学的遺物の中心は錘(権)である。考古学において、この錘と一体をなす秤の構造や質量的視点から、錘に対して十分に分析がなされて来なかったと思われる。考古学を足場とする著者にとり、秤の構造や錘の質量など、まったく門外漢な分野である。しかし考古学は他分野の知識や研究成果を援用せざるを得ないという特性を持つ。著者の付け焼刃的な権衡制度の知識で秤の構造、質量や単位を論ずることは、知識不足や錯誤を犯している可能性があり不安である。考古学側からの一つの試みとして寛容にみていただけたらと願う。

 考古学は、遺跡の発掘調査などで得られた遺構(住居址、古墳、柱の跡など)や考古遺物(土器、石器、金属器、木器など)の情報から昔の人々の生活を復元し、また精神的活動などを推測する学問である。つまり遺構や遺物を通して歴史を解き明かすことをめざす。人間の活動の総合的積み重ねが歴史であるから、歴史学(考古学も一部である)、人類学、化学、建築学、土木工学、金属学、気候学、天文学、計量学、植物学など、あらゆる学問と関連を持つことになる。もちろん遺跡の種類や出土遺物により、関連する学問は違ってくる。また発掘調査担当者が対応できる程度の場合もあれば、他分野の専門家に協力を仰がざるをえない場合もある。

 本書は、考古学により原始から中世までの秤の実態を少しでも明らかにすることを目的とする。そのためには、秤一式が考古遺物として出土することが望ましい。例えば中国では、戦国楚の時代(紀元前3世紀頃)の天秤一式(木製の棹、青銅製分銅・皿、吊り紐)が、墳墓から当時のままの状態で出土している。しかし土壌が酸性である日本列島の場合、特殊な条件がそろわなければ、木製と考えられる秤の棹や皿・錘を吊るす紐などの有機物は遺存しない。その結果、考古学による秤の研究は、耐性がある金属製、石製、土製焼物製である錘が対象となる。そうすると考古学の研究手法である錘の編年、分類、分布などの分析が中心となる。それでは原始から中世の秤の全体像に近づくことはできない。そこで本書では、秤の考古学的遺物である錘を中心に据えつつも、従前の秤の研究、中国における秤の研究、文献史学の質量関係文書の研究、江戸時代の両替商の両替天秤と庶民の秤である棹秤などの実物を参考にして、総合的に秤の研究を進めている。

 本書は四部からなり、各部をいくつかの章に分け、全10章からなる。第T部の第1章と第2章が序論的役割を担う。第1章では秤の種類、その原理や構造を扱う。これらの理解なくして、考古学的遺物である錘から、秤の実態は解明できないと考えるからである。第2章は日本の考古学における秤の研究史を扱う。秤の研究の草創期やその後の経緯、そして現在の研究状況を概観する。

 第U部と第V部が本論に相当し、第3章から第8章で構成される。これまでの考古学による秤に対する分析や見解に対して、秤の種類や原理の視点から筆者の考察や見解を述べ、あるいは仮説を導く。

 第U部の第3章から第5章は、弥生時代の秤を対象とする。考古学における弥生時代の秤の研究の歴史は浅い。しかし続々と新しい遺物の発見があり、研究の進展は著しく、最も注目されている。最近では、福岡県須玖遺跡群の青銅器生産遺構に関連した石製の権(分銅)の出土がマスコミで報じられた。本書では多くの紙幅を割き、これまでの分析の問題点を指摘し、筆者の見解を明らかにする。さらに当該期の中国との強い関係や天秤の錘(分銅)の質量単位や進法を分析し、日本列島の秤は中国に源流が求められることを主張する。

 第V部の第6章から第8章は、古代と中世の秤を扱う。考古学による秤の研究において、この時代の研究が最も早く着手された。しかしながら研究の現状は、低調であると言わざるをえない。古代と中世の秤については、考古学的手法により秤の錘の分析を行う。具体的には、南関東地方の発掘調査報告書から秤の錘を集成し、その遺物の分析と考察を行う。その際には、錘の分類、材質、分布だけではなく、錘の質量単位や基準質量についても検討する。

 第W部は、第8章と第9章からなり、終論である。第9章は、本書で論じた内容と成果、従来の見解への疑問や新たな考察を中心にまとめた。第10章は終章である。今後の秤の研究課題について、大きな視点から述べる。また秤の研究意義として、秤が政治や経済とも強く関わることにふれる。
 以上、各章の概要を述べた。重複もあるが、以下に強調したい点を列挙する。

(1)秤には天秤と棹秤がある。従前の秤の関連書では、天秤と棹秤の原理や違いの説明が十分ではないと思われる。特に棹秤については、秤量物を鉤に吊り下げ、錘を移動して平衡とし、目盛で質量を読み取って計量する、との説明に止まる。棹秤の最大の特色は目盛で質量を計量することである。その目盛の持つ意味と目盛付けの方法を図解し、天秤と棹秤の違いを明確にした。

(2)考古学関係者による弥生時代の天秤(分銅)の分析は、秤の原理に裏打ちされたものが少ない。そこで天秤の原理に基づいて検討し、これまでの分析や考察の問題点を指摘し、筆者の見解を示した。

(3)弥生時代の天秤の源流は、中国に求められることを中国の秤と錘の分析により検証した。

(4)棹秤が弥生時代に使用され始めていた可能性が高いことを考古学的遺物に基づいて主張した。

(5)律令制度導入前後以降の秤は、考古遺物から判断すれば公私共に棹秤である。その質量体系は、公的社会では銖両斤体系、私的社会では匁体系であったことを文書記録と錘の質量から指摘した。

(6)昭和時代まで庶民の秤であり続けた棹秤の錘の質量単位は、考古学的遺物の分析によれば匁体系である。棹秤の錘は定量である必要はない。しかし考古学的遺物は、9世紀代には匁(1匁=3・75g)体系に基づく棹秤であることを示す。この事実は今後の秤の研究において大きな意味を持つ。

 本書において、古代から中世の秤の分析や考察は全国的規模ではなされていない。それは当該期の秤の錘の出土数が多く、全国的な集成がされていないことによる。この集成作業は一人でなしえるものではなく、今後、多くの考古学関係者の協力が必要である。しかし、そのような機運はまだない。

 本書の目的として考古学から秤の実態を少しでも明らかにすることを掲げた。しかしながら、その目的はあまり達成されず、問題点の指摘や見解の提起に止まる。秤の研究が奥深く、困難であることを痛感している。今後、多くの秤に関係する学問、例えば、計量学、計量史学、文献史学、民俗学などの研究者の協力体制の構築が必要であろう。本書が、その契機になることを期待する。

■著者プロフィール:葉山茂英葉山茂英

 1951年、神奈川県厚木市生まれ。厚木高校を経て明治大学卒業、中央大学大学院修士課程修了。厚木高校入学以来、部活動を通して考古学に親しみ、以来多くの遺跡の発掘調査に従事する。1976年以降、神奈川県内公立中学校・高等学校社会科教諭在職。考古学を再度研究すべく、2011年、東海大学大学院博士課程前期入学。2017年、同大学院博士課程後期満期退学。2021年博士(文学)。

 

 

 

 

 

 

 

 

【書名】秤と錘の考古学
【出版社】同成社
【著者】葉山茂英
【ジャンル】考古学
【出版年月日】2022年11月24日
【ISBM】978―4―88621―904−6
【判型・ページ数】A5版・234ページ
【価格】6600円(本体6000+税)
【主要目次】秤の概要/考古学における秤の研究史/弥生時代の天秤/弥生時代の天秤の源流/弥生時代の棹秤/南関東地方出土遺物の実証的研究/南関東地方出土の棹秤の錘の分類試案/匁体系の成立と継承/考古学からみた秤/秤研究の課題と意義

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